幼少期から家族を支える日々。突然、脳出血で倒れてしまった母親の介護と自分の人生の狭間で感じる葛藤(前編)

今回インタビューしたのは、介護福祉士として高齢者施設に勤務する31歳のTさん。
現在は、脳出血の後遺症が残る母親の介護を行いながら、弟と3人で暮らしている。
インタビューの前編では、幼少期から様々な困難に直面しつつも家族を支えながら日々を生き抜いてきた彼女の人生をお届けする。

シングルマザーの母親を支えた幼少期

ー幼少期の家庭環境を教えてください

3歳の時に両親が離婚しました。他の記憶は曖昧なのですが、母親の膝の上に座っていた私に父親が「離れ離れに暮らすんだよ」と離婚の話をした時のことは今でもハッキリと覚えています。その後、母親の実家がある東京に転居し母親と弟との3人での生活が始まりました。

シングルマザーとなった母親は日中働きに出ていたので、私はほとんど弟と家で過ごしていました。というのも、当時の年齢が入園条件に該当しなかったのか、空きがなかったのか、私は幼稚園に入れなかったんです。ずっと1人で計算ドリルをしたり、弟の面倒をみながら過ごしていたと思います。今振り返るとヤングケアラー的な要素もあったのかもしれません。

家の近くには、母方の祖父が住んでいました。関わりはありましたが、私たち子どもだけを預けられるようなことはありませんでした。祖父との関係性は悪くなかったと思いますが、母自身も父子家庭で育っているのもあり、少し複雑な家庭環境だったのかもしれません。祖父は私が小学生の頃に亡くなりました。

転居したばかりで友達もいない。弟と自宅で過ごす日々。

ー小学校に入学してからの生活はどうでしたか?

実は、小学校に入学してから私が不登校になってしまったんです。

いきなりの集団生活になじめず、学校に行けない日々が続きました。今振り返ると、学校に行けなかった原因は母親と離れることに対する不安があったと思います。もちろん母親が仕事から帰ってきたら会えるのですが、当時の私は学校に行くと「母親と会える時間が減ってしまう」と感じていました。そのため、放課後に預けられる学童保育も利用することができませんでした。

その後は、小学2年生、3年生と学年が上がるにつれて自然と学校に行けるようになっていました。学校に行けるようになった決定的な理由はないのですが、「私のせいでお母さんの手を煩わせたくない」「私が頑張って学校に行った方がお母さんが安心するのかな」という思いが当時あったのではないかと思います。

ー学校に行くようになった背景には、お母さんに対する思いがあったんですね。

はい。最初はそうだったと思います。小学3年生以降は友達もできて、楽しい学校生活を送れていました。

家では年齢が上がるにつれて出来ることも増え、母親の手が回らない部分を補うという形で、1人でスーパーへの買い物に行ったり、料理、洗濯などを行っていました。ただ、当時は「家事を担っている」という意識は全くありませんでした。結局私がやらないと母親の負担が増えるので、私がやるしかないという状況でした。

こうした家庭環境のことは友達や先生に詳しく話すことはありませんでしたが、友達に「なんでお父さんいないの?普通じゃないよ」と言われたことがありました。その時は「私にとっては普通だよ」と返した気がします(笑)。でも「普通じゃない」と言われると嫌な気持ちになりましたし、家庭についてはあまり聞いてほしくありませんでした。

ーその頃、弟さんはどうされていたんですか?

理由はわかりませんが、弟も小学校に入学してから不登校気味になっていたんです。そんな弟を気にして、私は一緒に遊びに行ったり登下校に付き添ったりしていました。ただ、私が中学校に上がってそれができなくなると、弟はほとんど小学校には行かずフリースクールに行っていたと思います。

中学生になっても弟はほとんど学校に行っていませんでしたが、母親に頼まれて、母親の代わりに弟の三者面談に参加したことがあります。母親は、仕事のために時間がとれなかったこともそうですが、姉弟の方が話しやすいのではないかという思いもあったのではないかと思います。私自身も弟については何とかしてあげたいと思っていたので、頼まれて特に嫌な思いはしませんでした。

家族を支える生活は続く

ーTさん自身が中学生の頃はどんな生活でしたか?

特に大きな変化はありませんでしたが、私が部活動に入ったため、家で過ごす時間が減っていきました。私が家にいないことで母親の家事の負担は増えていたかもしれません。ただそうした生活の中でも、私自身ができることはする、というスタイルは変わりませんでした。

高校受験の時は、家に金銭的余裕がないのがわかっていたので、本来滑り止めとして受験する私立高校は受けずに公立高校1本で受けることを自分で決めました。先生や友達には心配されましたが、無事に第1志望の高校に入学することができました。

ーお母さんや弟さんを支える生活について、先生や友達に話したことはありますか?

あまり話したことはないですね。ただ、先生には弟の三者面談の件で家のことを少し話したこともあり、家庭の事情はなんとなくわかってくれていたと思いますが、深い話まではしませんでした。友達に対しても、遊びの誘いを断る際に父親がいないことは言っていたと思いますが、家の事情を詳しく話したことはありませんでした。

その際先生や友人に「大丈夫?」と聞かれたかもしれませんが、そこまで詳しく話さなかったと思います。
当時私に困っている自覚がなかったからです。この生活が普通だと思っていたので、相談するという発想に至りませんでした。

周りの友人たちと自分の家庭環境を比べることもありましたが、家庭ってそもそも違うと思っていたんです(笑)。
そういう思いもありましたし、そもそも自分の家庭のことで困っていなかったので、周りと比べて落ちこむことはありませんでした。

高校生になり精神的に不安定になった母親。Tさんの心にも変化が。

ー高校生の頃の生活はどうでしたか?

きっかけはわからないのですが、私が高校2年生くらいの時に母親がうつ病のような状態になり、働けなくなってしまったんです。落ち込んだり、泣いたり、急に怒ったり…感情の起伏が激しくなっていたように思います。母親は精神科に通院し、服薬治療を受けるようになりました。母親が働けなくなってしまったので、途中から生活保護を受けていた記憶があります。

ー高校生になって生活がかなり変わったんですね

はい。今振り返ると、この頃から私自身も精神的に不安定になっていたと思います。母親のことが大きかったのかもしれません。突然悲しくなったり、感情をどう表に出したらいいのかわからないような感覚もありました。当時高校生でアルバイトをしたい気持ちもあったんですが、私自身精神的に不安定な状態だったので、最初は働くことができませんでした。

弟は、こうした状況をあまり気にしていなかったんじゃないかと思います。本当は気にしていたかもしれませんが…。正直私自身も弟のことを気に掛ける余裕がありませんでした。

周りがアルバイトを始める中、気持ちは沈んでいくばかりだった

ー進学についてはどうでしたか?

社会福祉士になりたかったので、社会福祉士の受験資格を満たせる大学を目指しました。

社会福祉士を目指したきっかけは、自分の家庭環境でした。自分のようにひとり親家庭のことで悩んでいる人は、相談するところがわからなかったり、サービスを知らなかったり、申請しないとサービスを受けられなかったりします。そういったことを専門的に学んで、将来、相談支援や情報提供をできるような仕事がしたいと高校生の時に思ったのがきっかけです。

とはいえ家の経済面の問題があったので、自分のアルバイト代で受験料を払える通信制の大学を選びました。早く働きたいという気持ちも大きかったです。

大学入学後、さらに精神不安定になっていったTさん

ー大学に入学してからの生活はどうでしたか?

19歳~20歳の頃は、私の精神状態が1番不安定な時期でした。病院は行っていないのですが、今振り返ると私もうつ病だったのではないかと思います。何かが悲しくて泣いていたり、眠れなかったり、食欲も落ちて布団から出られない状態でした。母親との喧嘩も増えてしまって、すごくしんどかったです。

そんな状態でも、生きていくためには働かないといけないんですよね。1~2か月くらい眠れなくなった時はさすがに休んでいましたが、それ以外はずっと働いていました。「働くためにご飯を食べないと!」「働くために寝ないと!」という感じで生活していました。

幼少期からお金に困っていたのもありますし、当時はまだ弟も高校生。母親もしっかり働ける状態ではなかったので「とにかく働かないと生きていけない」「絶対に22歳で大学を卒業しないといけない」という思いが自分の中に強くありました。


ー精神的にとてもしんどい生活だったと思いますが、22歳で卒業するという目標は達成できましたか?

はい、できました。


ーそしてその後、社会福祉士の資格もとられたんですね

実は…社会福祉士の資格をとったのは、もっと後なんです。
というのも、卒業の直前に母親が脳出血で倒れてしまい、受験することができなかったんです。

Tさんに待ち受けていたさらなる困難とは…。後編に続きます。

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この記事を書いた人

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